はじめに|最低賃金1,200円時代がすぐそこまで来ています
令和8年10月1日から、愛知県内の最低賃金は現行より55円引き上げられ、時給1,195円となります。いよいよ「最低賃金1,200円」が目前です。
三重県や岐阜県でも引き上げが答申されており、これから中小企業にとって、人件費の上昇は避けて通れない経営課題になってきました。
社長の会社では、今回の最低賃金引き上げによって、人件費が年間でいくら増えるか把握できていますか。
「55円上がるだけだから、それほど大きくないだろう」と思っていても、従業員数や勤務時間によっては、年間で100万円、200万円と負担が増えることも珍しくありません。
さらに、最低賃金に近い社員だけでなく、他の社員との給与バランスを考えると、想定以上に人件費が増える可能性もあります。
だからこそ、最低賃金の上昇を単なる「コスト増」で終わらせるのではなく、この機会に会社の利益の出し方そのものを見直していただきたいと思います。
今回は、これから社長に考えていただきたい3つのポイントをお伝えします。
1.まずは「人件費がいくら増えるのか」を数字で把握する
1-1.今回の引き上げで、年間いくら人件費が増えますか?
まず社長にやっていただきたいのは、今回の最低賃金引き上げによって、自社の人件費が年間でいくら増えるのかを計算することです。
「何となく大変そうだ」と感じているだけでは、具体的な対策は立てられません。
たとえば、対象となる従業員が10人いて、1人あたり月160時間働いているとします。時給が55円上がれば、1カ月の増加額は8万8,000円です。年間では100万円を超えます。
しかも、実際には給与だけでなく、会社が負担する社会保険料などにも影響が出る可能性があります。
まずは、対象となる従業員が何人いるのか、勤務時間はどれくらいか、時給をいくら引き上げる必要があるのかを確認してみてください。
経営では、漠然とした不安を数字に置き換えることがとても大切です。
数字が見えれば、「では、何をすればよいか」という次の一手も考えやすくなります。
1-2.最低賃金に近い社員だけを見ていては不十分です
ここで注意していただきたいのが、最低賃金に該当する社員の給与だけを見ればよいわけではない、ということです。
たとえば、新しく入社した社員の時給が上がり、数年間働いている社員との給与差がほとんどなくなったらどうでしょうか。
長く働いている社員からすれば、「自分の経験や頑張りは評価されているのだろうか」と感じるかもしれません。
そうなると、最低賃金への対応だけでなく、他の社員の給与も見直す必要が出てきます。
その結果、「最低賃金が55円上がるから、その分だけ計算しておけばよい」と考えていた以上に、人件費が膨らむ可能性があります。
社長にはぜひ、今回の最低賃金引き上げをきっかけに、会社全体の給与体系も確認していただきたいと思います。
社員の役割、能力、責任と給与のバランスが取れているか。
これは賃金の問題だけでなく、社員の納得感や定着にも関わる大切なテーマです。
1-3.人件費だけでなく「利益がいくら減るのか」まで確認しましょう
人件費の増加額が分かったら、そこで終わりではありません。
次に社長に確認していただきたいのが、「その結果、会社の利益がいくら減るのか」です。
たとえば、人件費が年間150万円増えるとします。
年間1,000万円の利益が出ている会社であれば、ある程度吸収できるかもしれません。しかし、年間200万円しか利益が出ていない会社であれば、150万円の人件費増加は経営に大きな影響を与えます。
大切なのは、人件費の増加額そのものではなく、その増加が自社の利益に対してどれくらいの負担になるのかを見ることです。
そのうえで、「売上をいくら増やす必要があるのか」「粗利益をいくら増やせばよいのか」「価格を何%見直せば吸収できるのか」を考えていきます。
社長、まずは決算書や試算表を見ながら、今回の賃上げが利益にどれくらい影響するのかを確認してみてください。
ここが、これからの経営対策を考えるスタート地点です。
2.「もっと高い価格でも選ばれる会社」を目指す
2-1.経費削減だけでは、いずれ限界が来ます
人件費が増えると、「どこか経費を削れないか」と考える社長は多いと思います。
もちろん、無駄な経費を見直すことは大切です。
ただ、社長にぜひ考えていただきたいのは、経費削減だけで今後の賃上げに対応し続けることは難しい、ということです。
電気代を見直す。保険を見直す。通信費を見直す。消耗品を節約する。
こうした取り組みには意味がありますが、削減できる金額には限界があります。
それどころか、本来必要な広告費や教育費、設備投資まで削ってしまえば、会社の将来の成長力まで落としてしまうことになりかねません。
これから社長に考えていただきたいのは、「どうやって支出を減らすか」だけではありません。
「どうすれば今より高い付加価値を生み出し、より多くの粗利益を残せるか」という視点です。
人件費が上がる以上、それ以上に会社が生み出す価値を高める。
これが、これからの中小企業経営ではますます重要になってきます。
2-2.「もっと高くても買いたい」と思ってもらうには何を変えるか
では、付加価値を高めるとは具体的にどういうことでしょうか。
私は社長に、こう考えていただきたいと思います。
「今より少し高い価格になっても、お客様に選んでもらうには何を変えればよいか」
商品の品質を高めることかもしれません。
専門的な知識を身につけ、より良い提案ができるようにすることかもしれません。
問い合わせへの返事を早くする、納期を短くする、説明を丁寧にする、購入後のフォローを充実させる、といったことも立派な付加価値です。
必ずしも、大きな設備投資や新商品開発だけが付加価値ではありません。
お客様が感じる「安心」「便利」「早い」「分かりやすい」「任せられる」といった価値を増やすことも、とても大切です。
社長の会社が、お客様から選ばれている理由は何でしょうか。
ぜひ一度、社員の皆さんとも話してみてください。
その強みをさらに磨くことが、価格競争から抜け出すための第一歩になります。
2-3.「値上げ」ではなく「価値に見合った価格」をいただく
価格を上げることに抵抗を感じる社長は少なくありません。
「お客様に申し訳ない」
「取引先から嫌がられるのではないか」
「他社に仕事を取られてしまうかもしれない」
そう考える気持ちはよく分かります。
しかし、会社に適正な利益が残らなければ、社員の給与を上げることも、設備を新しくすることも、より良いサービスを提供することもできません。
そこで私は、単に「値上げをする」と考えるのではなく、「自社が提供している価値に見合った価格をいただく」と考えていただきたいと思います。
長年、価格を据え置いている商品やサービスはありませんか。
原材料費、人件費、物流費などが上がっているにもかかわらず、昔と同じ価格で提供し続けていないでしょうか。
もしそうであれば、今の価格が本当に適正なのか、一度見直してみる必要があります。
そして、その際には価格だけを伝えるのではなく、自社がどのような価値を提供しているのかも、きちんとお客様に伝えていくことが大切です。
「安いからお願いする」ではなく、「この会社だからお願いする」。
そんな関係をお客様と築ける会社を目指していただきたいと思います。
3.「誰にでも売る」をやめて利益の出る仕事に集中する
3-1.社長の会社が本当に役に立てるお客様は誰ですか?
これからの時代は、「できるだけたくさんのお客様に売る」という考え方も見直す必要があります。
すべてのお客様の要望に応えようとすると、値下げ交渉、急な依頼、細かな仕様変更などに多くの時間を取られることがあります。
その結果、社員は毎日忙しく働いているのに、なぜか利益が残らない。
そんな会社は決して少なくありません。
そこで社長に考えていただきたいのが、
「自社が本当に役に立てるお客様は誰なのか」
ということです。
自社の技術力を評価してくれるお客様なのか。
スピードを評価してくれるお客様なのか。
専門的な提案を必要としているお客様なのか。
自社の価値を理解してくれるお客様に集中することで、より良いサービスを提供しやすくなります。
誰にでも売ろうとするのではなく、自社が最も力を発揮できる相手を明確にする。
これも、人手が限られる中小企業にとって重要な経営判断です。
3-2.「売上が大きい仕事」より「利益が残る仕事」を見る
社長、売上の大きい取引先を「良いお客様」だと思っていませんか。
もちろん、売上は大切です。
しかし、経営で本当に残したいのは売上ではなく利益です。
たとえば、毎月100万円の売上がある取引先でも、値引きが多く、急な対応が多く、社員が何時間も残業して対応しているのであれば、本当に利益が出ているのか確認する必要があります。
一方で、売上は50万円でも、得意な仕事なので効率よく対応でき、しっかりと利益が残る取引先もあるでしょう。
これから最低賃金が上がり、社員1人が1時間働くためのコストが上がれば、「どの仕事に時間を使うか」はますます重要になります。
ぜひ一度、取引先別、商品別、サービス別に利益を見てみてください。
「忙しいのに儲からない仕事」が見つかるかもしれません。
売上を増やすことだけではなく、利益の残る仕事を増やす。
この視点が、これからの経営には欠かせません。
3-3.人と時間を「利益の出る仕事」に集中させる
顧客を絞るというと、「せっかくのお客様を断るのか」と不安になるかもしれません。
しかし、目的は単純にお客様を減らすことではありません。
限られた社員と限られた時間を、自社が高い価値を提供できる仕事に集中させることが目的です。
得意な業界に集中すれば、その業界の知識やノウハウが社内に蓄積されます。
似た仕事が増えれば、作業の標準化もしやすくなり、社員の仕事も早くなります。
結果として、一人あたりが生み出せる付加価値が高まり、生産性も収益性も改善しやすくなります。
今後、人材確保が難しくなり、人件費も上がっていく中で、「人を増やして売上を増やす」という方法だけでは限界があります。
これから必要なのは、今いる社員が、より高い価値を生み出せる会社に変わることです。
社長の会社は、何でもできる会社を目指す必要はありません。
「この仕事なら、うちに任せてください」
そう言える分野をつくり、そこへ人と時間を集中させる。
それが、価格競争から抜け出し、利益を残せる会社になるための大きな一歩です。
まとめ|最低賃金の上昇を、経営を見直すきっかけに
最低賃金の上昇は、中小企業にとって確かに大きな負担です。
しかし、社長にはぜひ、これを単なるコスト増で終わらせないでいただきたいと思います。
まずは、今回の引き上げによって人件費が年間いくら増えるのかを確認する。
次に、その増加が利益にどれくらい影響するのかを見る。
そして、経費を削るだけではなく、自社の商品やサービスの付加価値を高め、価値に見合った価格をいただける会社を目指す。
さらに、「誰にでも売る」のではなく、自社の価値を理解してくれるお客様に絞り、人と時間を利益の出る仕事へ集中させる。
この機会に、社長にはぜひ改めて考えていただきたいことがあります。
「誰に、どんな価値を、いくらで提供するのか」
これは、最低賃金が上がるから考える特別なテーマではありません。
本来、経営の中心にあるべきテーマです。
付加価値を高め、適正な価格をいただき、会社にしっかり利益を残す。
その利益から社員にしっかり給与を支払い、社員が成長し、さらにお客様への提供価値を高めていく。
こうした好循環をつくることができれば、最低賃金の上昇は、ただの負担ではなく、会社をより強くするきっかけにもできます。
社長にはぜひ今回の最低賃金引き上げを、自社の経営を見直す良い機会として活用していただきたいと思います。
安藤尚志|安藤税理士法人 代表
未来会計・経営計画・収益改善を専門とする税理士として、東海地区の中小企業を支援しています。